こんにちは、Tomoko です。
クラウドワークスの活動を通して思うのは、「言語化は大事」ということ。昔、上司にも「言語化できたほうがいい」という話を聞いたのを思い出しました。
武道の経験があるのですが、師範がよく言っていたことのひとつに「攻めは最高の防御」という言葉があります。「受け身で攻撃を受けるくらいなら、自分から攻めて受けたほうがまだいい。」とも言っていました。
武道なので物理的にそうであると解釈していましたが、コミュニケーションの中でも同じだなと思うようになりました。
ブログを書いているけれど、言語化は超苦手です。でも、今回は言語化をテーマに記事を書いてみようと思います。
「言語化できないのは悪いことじゃない。
でも生きるうえでは言語化できたほうがいいと思う。」
言語化できないことは悪いことじゃない
自分の気持ちや考えを言葉にする練習をしようと決めたのはいいものの、「難し過ぎる」というのが取り組みをはじめた当初の感想でした。できなさすぎて苦しかったです、本当に。
そんなときに心を軽くしてくれたのが、昔の人も「やばい」を使っていたという話です。気持ちが大きく動いたけどそれを表す言葉が見つからないとき、昔の人は「あはれなり」で表現していたそうです。
「いいときもよくないときも、なにか自分の感情が大きく動くような事態に対して、私たちは「やばい」を使う。あれは古語の「あはれなり」と全く同じ意味なんです」
出典元:好きを言語化する技術
書籍には「感動が脳内ですぐに変換されないのは当たり前のこと」とも書かれています。昔の人も現代の人も上手く言えない気持ちを持つ瞬間があるのは同じと思うと、なんだか「ふふ、しょうがないよね」と思えます。
でも、生きるうえでは言語化できたほうがいい
言語化できないこともあるのはしょうがないです。そういうときもあります。
でも、生きるうえで言語化できたほうがいいとは思っています。長期目線では言語化できたほうがスムーズに進むと思うこともありました。
仕事に就くまでも履歴書や面接で言語化を使うし、仕事を進めるため言語化や、辞めるための言語化も必要となります。
クラウドワークスの活動を通して、稼いでいるフリーランスや個人事業主の方はきっと上手に言語化しているんだろうなと思いました。
「わからない」も立派な言語化のひとつ
言語化に取り組み始めた当初だけでなく、今でも、向き合った結果「わからない」に行き着くことがまだまだあります。
がっかりしたような焦るような気持ちになることもあります。でも「今、わからない」ということでいいと思うようになりました。
時間が経つとそれを表す言葉を見つけられたり、新たな言葉を付け足したりできるようになることもあります。
実は通訳がつらくなっていた
言語化の取り組みを通して、実は自分が思っていたよりも通訳がつらくなっていたんじゃないかと感じました。
通訳は特に感情的なやりとりも含みます。本来やりとりしているのは、通訳の依頼者とその相手なのですが、通訳として間にはいると、双方の感情を受けるのは通訳が最初という構造になるんですよね。それが続くとすごくストレスになっていたと思います。
お互いが何を言っていると分からないと内容整理もしてあげることも。(ミーティングの準備していないとか、普段から話の要点がわかりにくい人もいるので)やっていることが中間管理職と似ているような。
そんな感じで、いつも誰かのための言語化をしている状態で、自分のための言語化が疎かになっていた気がします。
言語化の取り組みは、最初は本当に辛かったけど、今こうしてこの記事を書きながら、取り組んでよかったなと思っています。




