こんにちは、Tomoko です。
「本が読めない理由」というコンテンツを見かけるようになり、なんとなく「そうなんだ」と思っていました。私自身、年間10~20冊くらい読むので、まったく読めないという実感はありませんでした。しかし、最近、「本が読めないってこういうことかもしれない!」と思った出来事がありました。
ここには、その時の気づきと考えたことを残しておこうと思います。
「本が読めない理由」
本が読めないのは「心の余裕」がないから
本が読めないのは、読む余裕がないからだと思います。ここでの「余裕」は、「心の余裕」を指します。
時間がなければ本が読めないというのは当たり前かなと思ったので他の理由で書くことにしました。時間がなければ趣味もできません。
今の本は配慮がめちゃ丁寧
ある時、ふとこんなジャンルの本を読みたくなりました。森鴎外の『舞姫』や夏目漱石の『坊っちゃん』、太宰治の『人間失格』など。
小学生の教科書に載っていたようなものです。大人になった今読んだらどんな景色が見えるのかと、少しわくわくもしていました。早速、本屋へ足を運び、目的の本を手に取って1ページ目を読み始めました。
……やばい、読めない…!
文字がページにぎっしりで、改行や余白がない。情景の描写情報がどーっと流れてくるのです。
私が普段読んでいる本は、読む人の負担を減らすよう最大限配慮された本なのだと気づきました。言葉の選び方、改行や余白、マーカーや波線が引かれている本まであります。最近は心理学に関する本も手に取っていたから一層配慮されていたのかもしれません。
そう考えると、読みやすいおかげで今の自分の活動に取り組めていることに、本当に感謝の気持ちが湧きました。
と同時に、昔の人と現代の人の悩みが同じであるという話もよくわかります。解決策は言葉や表現を変えて現代まで伝わっているし、今後も形を変えながら伝わっていくのでしょう。
エンタメでいうと源氏物語も同じですよね。
おっと、話が脱線してしまいました。
小説を読めるようになりたい
小説も文章のテクニックや配慮があると思います。しかし、「作者が選んだ言葉で作られた世界観というのを、作者から直接受け取れたら面白いだろうな」と思ってもいます。
本が読めないと感じている人は、能力じゃなくて「疲れ」の可能性もあるのかもしれません。
おまけ
趣味も心の余裕がないとできないよな。



