こんにちは、Tomoko です。
このブログを開設したのは2020年です。もうすぐ6年になります。
最近は再び記事を書き始めましたが、1~2年間ほど放置状態でした。更新する余裕がなかったり、やりがいがなくなったりしてしまったんです。
一旦、クラウドワークスでの仕事を挟んで、ブログに戻ってきました。
クラウドワークスを通して感じたことは、AI関連の仕事が増えているということでした。記事の作成もAIが活躍している分野のひとつです。
その世界を垣間見て、AIが業務レベルで使えるようになる前からこのブログを続けている背景があるからこそ、自分で書くことを再開しようと思いました。
ブログのモチベーションがなくなった
ブログのモチベーションがなくなった最初のきっかけは、アルゴリズムのアップデートです。記事を読者に見つけてもらう方法のひとつは検索順位上位に表示させることです。そのために、SEO対策というものがあります。
でも、いくらSEO対策をしたところで、Googleの方針が変われば、一瞬でガラッと検索順位が変わることもあります。
ある時期のアップデートで、私のブログも検索順位がガクッと下がってしまいました。これは自分の努力ではどうにもならない部分も大きいので、受け入れて諦めるしかありませんでした。
SNSにもAIにも、対策したほうがいい
ブログの記事は、検索結果の上位に表示されないと読んでもらうのが難しいです。でも、流入の方法は他にもあります。
ひとつは、SNSから読者を集める方法です。作業コストが大きいので、私の中では選択肢から外していました。
他には、AIの要約を狙う方法もあるそうです。
Googleの検索結果の上部にAIが要約した結果が掲載されますよね。要約のあとに参照元が掲載されるので、そこから流入を狙う方法です。実際、「AIに要約してもらいやすい記事を書きましょう」っていう情報を発信する人もいます。
自分の記事にアクセスしてもらうためとはいえ、Google・SNS・AIの対策しないといけないってことです。対策する対象が多くなると、発信の軸を失う感覚をもつことがありました。
媚びないといけないみたいな。
誰向けに記事書いているんだっけ?みたいな。こう感じたとき、でシンプルに面倒くさくなりました。
AIでの記事の量産は、産業革命みたいなもの
AIで記事作成ができるようになったことは、産業革命でみたいだと思っています。工業製品は物理的なモノですが、記事作成は感情労働寄りだと個人的には思っています。
だから、人間性で成り立つ仕事が、無機質に量産可能になったという印象を持っています。
AI記事作成のクライアントワークは割に合わないものも多い
AIで書けるようになったからこそ、「低コストで量勝負」が可能になりました。記事の数もそうですが、1記事の文字数です。
SEO的に「文字量が多い=情報が網羅されている」とみなされやすい時代があったそうで、AIが登場したことで、その時代が戻ってきたように感じます。
AIは長文を書くのにもってこいだと思います。実際に、クラウドワークスで数万文字の記事を入稿する仕事をしていました。
案件のが用務内容は「記事作成」「入稿」など、少しずつ違いますが、記事を投稿するまでの一連の流れはあまり変わっていないと思います。
ですが、「AIで記事はもうできているから」という名目で、ファクトチェック(*)、AIっぽい表現の修正、サムネイルや記事内画像の作成などの作業が含まれており、作業量が意外と多い、でも報酬は低い。そんな案件もよく見かけます。
手も頭も動かしても、稼げないサイクルはもう世の中に存在していると感じます。
うまくやっている人も中に入るのでしょうが、私は辛いなと感じました。
(*)ファクトチェック:記事内の情報が正しいかどうか確かめる作業
個人のコンテンツをAIが学習している
最近はnoteが熱いプラットフォームとなっています。Googleとの連携でGoogle検索にも強くなると予想されていますし、note内での回遊で読者が回っているそうで、SNSからの流入しなくても運用できると話題になっています。
実は、私もnoteを使っています。WordPressは検索結果に表示されるのに時間がかかりましたが、noteは投稿後数時間で閲覧もスキの反応があるので、なんてラクなんだと驚きました。
ただ、嫌悪感みたいなものもあります。
AI学習に報酬が支払われる
noteには、生成AIの学習の許可をすると報酬をもらえるシステムがあります。実際、有料記事を出すよりも早くお金になるし、意外と多くもらえたと、収益性の高さを感じる人もいるようです。
適当にGoogle検索しただけでも、1000円~10,000円の収益があったという人もいました。その金額を見て、思ったよりも大きいなと感じました。
お金になった記事を考察している人もいて、印象的だったのは、「AIで書いた記事に報酬が支払われている」という現象です。
AIで書いた記事をAIが学習して、そのデータを使ってまた記事を書く。堂々巡りですね。
きっぱりと割り切って、そのサイクルをうまく利用して稼ぐ方に走る戦略もありだと思います。
でも、単純に面白くないと思いました。
AI学習に感じる、横取り感
もともと、人間がAIを作ってデータを読み込ませて学習させています。だから、個人のコンテンツを学習させるというのは、成長過程で必要なことですよね。納得はできます。
だからこそ、これからはAIを上手に使える人が社会の中で勝ちやすいとも言われていますよね。
個人的にはこの構造、授業に出席していない学生がノートを借りて勉強して、ノートの持ち主よりテストでいい点をとる構図と似てると思いました。
それが全世界バージョンになるイメージです。とんでもない理不尽が起きそうだなとも感じました。
シンプルに、書きたいこと書いてみよう
ここまで、不満ぽいことをたくさん書いてきましたが、私自身、日々AIを使っています。
SEOやAI対策とかではなくて、自分の言葉で書ける範囲を広げるために使うイメージです。
AIはたくさん学習しているので統計的に世間の標準的なデータをベースに会話してくれていると思っています。そういう考えを持ってAIと会話すると、「ここはもう少し、こうしてみよう」「こっちの表現に変えよう」とか、考えやすい気がしています。
AIとは共存するけれど、より自分の言葉で。
「複雑になってしまったから、シンプルでいよう」と。



