環境が変わると表現は変わる。でも自分は変わらない。
こんにちは、Tomoko です。
在宅ワーク関連の記事で、noteをはじめたという内容を書いたことがありました。5か月ほど継続していて大変勉強になっていますが、一個ずつ検証していく中でわかってきたのはどこにいても「私」は変わらないということです。
環境を変えようという考え自体は好き
環境を変えようという考え自体は好きです。単純に、その環境に暮らす人たちの生活を垣間見たり肌で感じるのが好きなんですよね。
そういう意味で、インドに行ったら人生変わるとか、移動する人はうまくいくといった内容にも肯定的な方です。書籍は読んだことありませんが。
環境を変えても「私」は変わらない
これまで、「自分の意志で決めた移動も」「自分の意志とは関係ない移動も」経験しました。日本と海外、地方と首都圏。その経験から、環境が変わっても持っていくものは自分自身なんだな、ということは感じていました。
英語を話す仕事をしている方にはわかってもらえると思うんですが、英語を話していると少し明るい性格になれた気がしていました。でも、日本に戻っても、海外にいても、一人で過ごす時間が好きだったし、写真を撮って編集してするのが好きなのも、結局変わりませんでした。
そして、それはネットの海でも同じでした。複数の「書く場所」を持っているのですが、場所が違っても、切り口が違っても、内容が違っても、そんな自分の根っこの部分は変わっていないなあ、と思ったんです。
表現の仕方は変わる
「私」の根っこは変わらないのですが、表現は結構変わるのかなって思います。
趣味がわかりやすいと思います。環境って、ある意味「しばり」や「制約」なんだと思います。その中で、「今までの経験をどう活かすか」「今の興味をどう表現するか」を無意識に考えている気がします。その結果として、その時々の趣味や活動が生まれているのかなと思いました。
だから、環境や場所が変わっても「自分らしさ」を失う必要はなくて、その時の環境に合わせた表現を探していけばいいのかなと思っています。
無理に自分らしさを探しに行かなくても、自然と辿り着いたものの中に、その時の自分らしさが表れていることもあるのかなと思います。



